シネマレビュー観たよ!『エディントンへようこそ(Eddington)』(アリ・アスター監督)

映画レビュー『エディントンへようこそ(Eddington)』(Ari Aster 監督)

Eddington / A24

 アリ・アスター監督最新作『エディントンへようこそ』(原題:Eddington)が2025年12月に日本でも公開になりました。ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーンら豪華キャストを迎えた本作は、コロナ禍のアメリカ南西部の町を舞台に、人々の分断と狂騒を映し出す“現代の西部劇”です。

 アリ・アスター監督はこれまで『ヘレディタリー/継承』や『ミッドサマー』で、家族や共同体が崩壊していく過程を独自のホラーとして描いてきました。最新作『Eddington(エディントンへようこそ)』では、その視点がさらにスケールアップし、「社会そのもの」が物語の中心に据えられています。2020年、パンデミックという形で私たちの生活に押し寄せた不安、怒り、陰謀論、断片化した情報と混乱――これらがウィルスと共に広がり社会を壊す様子を鋭く描き出していきます。

『Eddington』は、ジャンルを一言で説明するのが難しい映画です。序盤はブラックコメディのような風刺的トーンで進みますが、中盤からはサスペンスとスリラーの要素が強まり、終盤はもはやホラーと呼ぶべき暗さと衝撃に包まれます。このカオスとも呼べる混沌としたジャンルの変化は、状況が常に揺れ動き不安定だった2020年頃のあの空気に近いと言えるのかも知れません。

 恐ろしさを感じたのは、登場人物たちの「正しさ」と「狂気」の境界が驚くほど曖昧である点。ホアキン・フェニックス演じるジョーは、その最たる例です。彼は自分が町を守っていると信じていますが、その信念が徐々に偏り、やがて暴走へと変わっていきます。映画はこの姿を通じて、「人は“自分の物語”を信じすぎると危険な存在になる」と言う例を示しているのでしょうか。

 また、作品の中で繰り返し描かれる「情報の混乱」も重要なテーマです。日々更新される情報や陰謀論を含めた様々なデマが町の空気を変えていく過程は、コロナ禍の初期に世界中で見られた現象と重なり、情報がウイルス以上に社会を壊しうることを訴えます。

Eddington / A24

 哀しみと滑稽さを併せ持つ複雑なキャラクターを巧みに演じているホアキン・フェニックスはもちろん、ペドロ・パスカル、エマ・ストーンといった個性の強い俳優たちが、アリ・アスターの作り出す狂気の中で、それぞれ異なるタイプの不安や疲弊を纏い存在感を放ちます。ただ話の展開があまりにも盛りだくさんなため、せっかくの豪華キャストが脇役になっていたような感もあったところが少し残念でした。ホアキンはすごいんだけど、もっとキャスト同士の絡みも観たかったかな。 個人的には、ペドロ・パスカル演じるテッド・ガルシア町長の選挙用プロモーションビデオは、町中で爽やかにピアノを弾いていたりとか、笑えたポイントでした。

 笑ったり、苦笑したり、ぞっとしたり、何この展開?と先が読めなくなったり。好みは大きく分かれる作品かも知れませんが、アリ・アスター監督の時代への鋭い視点は明確で、なんとも言えないエンディングも含めて強い余韻を残す作品であることは確かです。

観たよ!は映画好きライターたちによる連載コラムです。話題のハリウッド大作からインディー作品、配信限定の映画まで。「これは良かった!」という作品から「イマイチかも…」という作品まで。個人的な視点も交えながら、どんどんレビューしていきます。

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