『Left-Handed Girl(左利きの少女)』(ツォウ・シーチン監督)映画レビュー

Left-Handed Girl. (L-R) Janel Tsai as Shu-Fen, Nina Ye as I-Jing and Shih-Yuan Ma as I-Ann in Left-Handed Girl. Cr. LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION CO, LTD © 2025. Photo: Courtesy of TIFF

 シー・チン・ツォウ監督の『Left-Handed Girl(左利きの少女)』は、台北の夜市を舞台にした小さな家族の物語だ。 けれど、その穏やかな物語の奥には、台湾社会に今なお残る家父長制やジェンダー規範、そして「自分らしく生きること」の難しさが静かに流れている。 派手な演出はない。だからこそ、登場人物たちの何気ない表情や会話が、観終わってからじわじわと心に残る作品だった。

 主人公は、小学校に通い始めたばかりの少女・イージン。離婚した母と姉の三人で、夜市の麺屋台を切り盛りしながら暮らしている。

 物語はイージンの目線で進んでいく。 初めて学校へ行く日の緊張した表情。活気あふれる夜市を走り回る姿。大人たちの会話を聞きながら、まだ世界の仕組みを十分には理解できないまま、一生懸命に周囲を見つめるまなざし。 その視線を通して描かれる台湾の日常が、とても生き生きとしていた。

 この映画の大きなテーマになっているのが、「左利き」だ。

 左手で箸を持つイージンに対し、祖父は「左手は悪魔の手だ」と言い、右手を使うよう求める。ツォウ監督自身も左利きで、幼い頃に右手へ矯正された経験があり、祖父から同じ言葉をかけられた記憶が、この作品の出発点になったという。

 ただ、この映画が素晴らしいのは、祖父を単純な悪者として描いていないところだ。 男の子を跡継ぎとして大切にし、女の子には我慢を求める祖母も同じで、映画はそうした価値観を声高に批判しない。昔から続いてきた「当たり前」が、生活の中にどのように染み込み、心に重いものを残しているのかを、ただ静かに映し出している。

 母シューフェンも、姉イーアンも、決して完璧な人間ではない。母は生活に追われ、姉妹もそれぞれ悩みや不満を抱えている。それでも夜市という小さな世界で支え合いながら生きている姿が、とても愛おしく感じられた。 「完璧ではない家族」だからこそ、この物語はどこか自分たちの生活にも重なって見える。

左利きの少女

Left-Handed Girl-Courtesy of TIFF

 映像も印象的だった。

 本作はiPhone 13で撮影されたことでも話題になったが、観ている間、そのことはほとんど意識しなかった。むしろ、小さなカメラだからこそ撮れた距離感なのかもしれない。

 ネオンの光。狭い路地を行き交う人々。立ち上る湯気。屋台で働く家族の疲れた表情。そこにあるのは観光ガイドに載る台湾ではなく、誰かが毎日を生きている台湾だった。

 一方で、終盤だけ少し印象が変わる。それまで丁寧に積み重ねられてきた問題が一気に噴き出し、静かなリアリズムからテレビで観るようなメロドラマへ少し寄ったようにも感じた。

 それでも、この映画は最後まで人間を信じている作品なのだと思う。 過去の傷も、世代間の価値観の違いも、言葉にできなかった思いも、簡単には消えない。それでも、人は少しずつ歩み寄ることができる。そんな希望を、この作品は最後まで手放さなかった。

 観終わってから考えた。

この映画における「左利き」は、単なる古い迷信ではない。 「あなたはそのままではいけない」、「こうあるべきだ」、そんなふうに、社会や家族から無意識に押しつけられる価値観そのもののメタファーなのだろう。

 離婚した女性への偏見。シングルマザーが背負う負担。娘より息子を優先する価値観。進学というレールから外れた人への視線。そうした「自分らしさを否定される痛み」に、この映画はとても静かに寄り添っている。そして、これは決して台湾だけの話ではない。だからこそ、多くの人の心に届く作品なのだと思う。

 ラストで、イージンが市場の中を楽しそうに駆けていく姿を見て、「ありのままの自分を大切に、大きくなってね」と心から思った。

 そして最後になったが、イージンを演じたニナ・イエちゃんが本当に素晴らしかった。自然体なのに目が離せない。笑顔も泣き顔も本当に愛らしく、この映画の魅力を支える存在だった。

 静かな作品だけれど、観終わったあとに心の中で少しずつ大きくなっていく。(そして台湾の夜市にまた行きたくなる) そんな一本だった。

観たよ!は映画好きライターたちによる連載コラムです。話題のハリウッド大作からインディー作品、配信限定の映画まで。「これは良かった!」という作品から「イマイチかも…」という作品まで。個人的な視点も交えながら、どんどんレビューしていきます。

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