シネマレビュー:観たよ!『Sentimental Value』(ヨアキム・トリアー監督)家が見つめる家族の傷と再生

映画『センチメンタル・バリュー』(ヨアキム・トリアー監督)TIFFレビュー

Sentimental Value : Courtesy of TIFF

 ヨアキム・トリアー監督の最新作『センチメンタル・バリュー』は、一つの家を舞台に、家族という最も身近でありながら最も難解な関係を丁寧に描き出した作品です。

 あらすじ:物語はノーラとアグネスの姉妹が、母の葬儀のために長く離れていた映画監督の父グスタフ(ステラン・スカルスガルド)と再会するところから始まります。ノーラ(レナーテ・レインスヴェ)は舞台俳優として成功を収めていますが、幼いころに家を出て行った父へのわだかまりを抱き続けています。すでに家庭を持つ妹のアグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)は、父と姉の仲裁役を務める一方、幼い頃に父の映画に出演した経験から複雑な思いを抱えています。15年の沈黙を破り、新作映画の制作を決意したグスタフが選んだ題材は、娘を主演とする自身の母の人生、そして彼が置き去りにした家族の物語そのものでした。

 トリアー監督と共同脚本のエスキル・フォクトは、家族の確執やすれ違いを、派手な演出ではなく会話や視線の機微によって描きます。才能に恵まれ芸術への情熱と引き換えに家族との絆を失ってきたグスタフは、俳優たちとは深い芸術的つながりを築けるのに、実の娘とはうまく言葉を交わせません。職場では出来る良い上司なのに家では不器用、というタイプの父親ですね。(ビーチでシャンペンを持って来るシーンなど本当に颯爽としていて魅力的です)その矛盾が、一層父と娘の心の痛みにリアリティを与えています。

Sentimental Value: Courtesy of TIFF

 スカルスガルドは父親としては落第の芸術家肌の男を説得力豊かに演じ、レインスヴェは『私は最悪』(2021年)に続き、繊細な感情の起伏を見事に表現し、観る者に共感と痛みを同時に与えます。そしてリッレオースは、最も「安定した」人物のように見えるけど心に傷を抱える妹を、抑えた演技の中で複雑な感情を滲ませ演じます。さらに、アメリカ人女優レイチェルを演じるエル・ファニング。華やかなドラマや劇的な展開を求める人には地味に映るかもしれませんが、4人の演技はただただ観る者を引き込み魅了します。トリアー作品らしい柔らかな光と自然なカメラワークも相まって、彼らの心情がまるで空気のように画面全体に広がっていきます。

 『センチメンタル・バリュー』は、家族の物語であると同時に、「表現することの代償は何か」を問う映画でもあります。芸術を追い求めるあまり人としての繋がりを失った父と、父に振り回されながらも彼を許そうとする娘たち。そして彼らの傷を包み込みながら、静かに見守り続ける「家」。人が誰かと生きることの痛みと温もり、そして過去と向き合った時に得られる「赦し」と「再生」を静かに語りかける作品です。自分を形作った母の過去と向き合い、映画監督としてなら娘たちとの繫がりが取り戻せるのでは、ともがくグスタフ。そして、才能のある映画監督よりも寄り添ってくれる父親を求めていた娘たちが、自分たちなりの家族の在り方を見出していく姿は、家族というものはやっかいだけど愛おしいものだなと思えました。

 今年のカンヌ国際映画祭ではグランプリを受賞。とても高評価だったこの作品。トロント国際映画祭(TIFF)でもチケットはあっと言う間に売り切れ前評判の高さが伺われました。字幕作品なのでずっと集中して読んでいるのも忘れるくらいの演技力と、完璧ではない人々が過去と向き合い赦し合う物語は、静かだけど胸にしっかり響き忘れられない作品となりました。

観たよ!は映画好きライターたちによる連載コラムです。話題のハリウッド大作からインディー作品、配信限定の映画まで。「これは良かった!」という作品から「イマイチかも…」という作品まで。個人的な視点も交えながら、どんどんレビューしていきます

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