TIFF レビュー『わたしの知らない子どもたち』(西川美和監督)戦争が終わっても、子どもたちの戦争は終わらなかった

『わたしの知らないこどもたち』Courtesy of TIFF
戦争が終われば、平和が訪れる。私たちはそう考えがちです。しかし、戦争が終わったからといって、すべての人に平穏な日々が戻ってくるわけではありません。むしろ、終戦後の混乱のなかで、さらに過酷な生活を強いられた人たちがいました。
西川美和監督の『わたしの知らない子どもたち』は、終戦直後の日本で、生きる場所を失った子どもたちに光を当てる作品です。戦争孤児という歴史の一側面を、ひとりの少女の視点から描きながら、現代を生きる私たちにも重い問いを投げかけます。
この作品を観て、戦争の終わりとは何だったのか、そして、私たちは戦争が残したものをどこまで知っているのかと、改めて考えさせられました。たくさんの人に観てもらいたい作品です。
戦後の街に取り残された子どもたち
第51回トロント国際映画祭(TIFF)でワールドプレミア上映された『わたしの知らない子どもたち』。プラットフォーム部門のオープニング作品にも選ばれました。
原案・脚本・監督を手がけた西川美和監督は、これまでも『ゆれる』『ディア・ドクター』『すばらしき世界』など、人間の複雑な内面や社会の矛盾を丁寧に描いてきました。
本作で描かれるのは、終戦直後の日本。戦争によって人生を大きく変えられた子どもたちと、彼らを取り巻く大人たちの姿です。
戦争という大きな歴史の陰で、子どもたちは何を失い、どのように生き延びようとしていたのか。この作品がその問いに真正面から向き合っていることに強く引きつけられました。
物語の舞台は終戦直後の日本:
1945年、終戦。音楽家の父のもとで穏やかに暮らしていた12歳の少女・茅野琴子(小八重葵美)は、戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京でひとり生きることになります。女性であること自体が危険につながる時代を生き抜くため、琴子は少女という性を隠し、少年として生きることを決意。「吉田茂男」と名乗り、同じように家や家族を失った少年たちと行動をともにするようになります。
一方、かつて琴子の担任だった教師・曽根文美子(二階堂ふみ)もまた、戦後の混乱のなかで自分の人生を見失っていました。戦時中は軍国主義教育に加担していた曽根。しかし、敗戦によってそれまで信じていたものを失い、さらに婚約者も亡くしてしまいます。教師としての誇りも生きる意味も見いだせなくなっていた彼女は、琴子の父の友人から琴子を探してほしいと頼まれ、彼女を探す旅に出ます。
琴子と曽根。置かれた立場も抱えている事情も異なる二人ですが、どちらも戦争によって人生を大きく変えられた存在です。二人の人生がどのように交差していくのかも、本作の見どころだと感じました。
「知らない」ことの重さを突きつける
戦争映画と聞けば、空襲、焼け野原、兵士たちの戦闘、家族との別れなどを思い浮かべる人は多いでしょう。しかし、本作が真正面から向き合うのは、戦争そのものだけではありません。終戦後の社会に取り残された戦争孤児たちの現実です。
親を失った子どもたち。頼れる大人も住む場所もなく、食べることさえままならない日々。大人たちが自分の生活を守ることに精いっぱいだった時代、自分の力で生き延びるしかない子どもたちがいました。
戦後の戦争孤児について、私たちは歴史の知識として知っているつもりになっているのかもしれません。しかし、彼らが毎日何を食べ、どこで眠り、誰を信じ、どんな思いで明日を迎えていたのか。そこまで具体的に想像できていたでしょうか。
歴史の教科書では、戦争の終結はひとつの区切りとして記されます。しかし、そこから先にも人生は続いています。家族を失い、社会からも取り残された子どもたちにとって、終戦は必ずしも救いではなかったのです。本作は、そうした歴史の隙間で必死に生きた小さな命に目を向けています。
小八重葵美の眼差しに見る、痛みと生命力
本作の大きな見どころのひとつが、主人公・琴子を演じる小八重葵美さんの存在感です。なかでも印象に残ったのは、その眼差しでした。
琴子は、ただ悲しみに打ちひしがれているだけの少女ではありません。12歳という年齢でありながら、過酷な現実に直面し、生きるために考え、決断し、ときには自分を守るために本来の自分を隠します。
小八重さんの演技には、子どもらしい無邪気さと、過酷な現実を知ってしまった者の鋭さや悲しさが同居していて、とにかく引き込まれました。
特に、その目に宿る強さが忘れられません。言葉にしなくても、琴子がどれほどのものを背負い、どれほど必死に生きようとしているのかが伝わってきます。観ていて胸が締めつけられる一方で、彼女の姿から目を離すことができませんでした。守られるはずの年齢の子どもが、自分の力で生き抜かなければならない。その現実の厳しさと、それでも生きようとする生命力が、小八重さんの眼差しを通して強く伝わってきます。
子どもたちを取り巻く大人たちの複雑さ
二階堂ふみさんが演じる教師・曽根文美子の存在も忘れられません。
曽根は、戦時中に軍国主義教育に加担していた教師です。かつて生徒たちに何を教え、何を伝えてきたのか。敗戦によってそれまで信じていた価値観が覆され、教師としての誇りも生きる意味も見失っています。困難な時代にあって、大人が子どもたちに正しい道を示すことの難しさ、そして教師という立場だからこそ抱える苦悩が、とても重く胸に迫りました。
琴子の周囲には、さまざまな事情を抱えた大人たちが登場します。 岡田准一、役所広司、田中裕子、竹野内豊、吉田羊ら実力派俳優が脇を固め、それぞれの人物が戦後という時代の複雑さを映し出しています。
自分の生活を守るために他者を顧みる余裕を失った人もいれば、子どもたちに手を差し伸べる人もいます。そして、過去の過ちを悔やみながらも、どう生き直せばよいのか分からない人もいます。
社会そのものが混乱しているとき、正しさだけでは人を救えないことがあります。本作では、大人たちも単純に善人と悪人に分けられてはいません。それぞれが事情や弱さを抱えながら生きています。 その複雑さが、作品に一層の深みを与えているように感じました。
私たちが知らなかった子どもたちの声に耳を傾ける
私たちが知らなかった子どもたち、戦争孤児たちは確かに存在し、懸命に生きていました。どれほど過酷な状況に置かれても、生きようとする子どもたちがいました。
その事実を、ひとりの少女の人生を通して描き出す本作。観終わったあとは、何とも言えない痛みが残りました。
戦争が終わった日が、すべての人にとっての平和の始まりではありません。 この作品を観て、その当たり前のようで忘れがちな事実を、改めて突きつけられました。

観たよ!は映画好きライターたちによる連載コラムです。話題のハリウッド大作からインディー作品、配信限定の映画まで。「これは良かった!」という作品から「イマイチかも…」という作品まで。個人的な視点も交えながら、どんどんレビューしていきます。



