バンクーバー国際映画祭(VIFF)で『すべて真夜中の恋人たち』上映
-岨手由貴子監督インタビュー

すべて真夜中の恋人たち

『すべて真夜中の恋人たち(All the Lovers in the Night)』Courtesy of VIFF

 フリーランスの校正者として働く冬子は、人との関わりを避けるように、孤独な日々を送っている。そんな彼女の世界に、ある夜、物理教師の三束という男性が現れる。年齢も生き方も異なる二人は、「光」をめぐる会話をきっかけに、少しずつ互いの距離を縮めていく。
 夜の東京を舞台に、光と闇、孤独と親密さの間を静かに見つめる『すべて真夜中の恋人たち』。それは、誰かを完全に理解することができなくても、人と人が一瞬でも心を通わせることの意味を描いた物語である。

 10月1日から11日まで開催中のバンクーバー国際映画祭(VIFF)で、『すべて真夜中の恋人たち(英語題:All the Lovers in the Night)』を上映の岨手由貴子監督が、日本から取材に応じた。

映画化の出発点
 本日はありがとうございます。この作品は、川上未映子さんの同名小説を映画化されたものです。原作を映画にするうえで、最初に「ここだけは大切にしたい」と考えたものは何でしたか?

岨手監督-原作を読んだ時に、恋愛小説ではあるのですが、哲学的な示唆にも富んでいて、何層にも仕事倫理や人間関係や何層ものレイヤーが重なっているような構成になっ思った。これは映像化するチャレンジのし甲斐がある作品だなと思いました。


冬子という人物について
 映画を拝見していると、物語そのもの以上に、冬子という女性の内面や、彼女が他者と距離を取って生きている感覚が強く伝わってきます。主演の岸ゆきのさんの静かで繊細な演技はとても引き込まれるものがありました。監督は、岸井ゆきのさんとは、冬子の感情や人物像について、どのような話をされたのでしょうか?彼女の「孤独」を、彼女が克服すべきものとして描かれたのでしょうか。それとも、彼女自身が選び取っている生き方として捉えていましたか?

岨手監督ー冬子は恐らく孤独な状態ではあったけど、それほど孤独と感じずに生きてきたのでは、と思います。自分が光を当てる対象がいないから自分の光に気づくことができない、というか誰も自分のテリトリーにいれないから、特に寂しいとは感じていなかったた。三束さんに会って、会えない、聞きたいことが聞けないとなって、はじめて寂しさを憶えるんですね。私は、これは自分ひとりで立って自分自身を感じることができるようになった、寂しさを知って豊かになった冬子の成長譚だと思っています。


光とフィルムの表現
 この作品では「光」がとても印象的です。夜の東京の風景や室内の明かり、フィルムの質感まで含めて、冬子の心の状態と映像が深く結びついているように感じました。また、三束が物理教師であり、「光」が二人をつなぐモチーフにもなっています。監督にとって、この作品における「光」にはどのような意味がありますか?

岨手監督ー 劇中にもあるように、光は当たるものがあるから初めてそこに光があるということがわかる。それは他者がいるから自分を認知できるということのメタファーにもなっています。ただ、認知できないから光がないということではなく、認知できるものが全てではない、という示唆にもなる。これは、ドラマとして描くうえでもすごく深いところまで表現できるテーマであり、撮影技法としても、映画というものと相性の良い物語だな、と思います。


この映画を観る人にメッセージをお願いします

岨手監督ー恋愛映画らしい恋愛映画やある種の女性を描いた映画、とかではなく、光の当て方でいろいろな面が見えてくる映画です。なので、こういうジャンルの映画を観よう、と気負わずに観てもらえれば。


10月1日 5:30 pm 会場Lindsay Family Stage at Granville Island

10月2日 3:00 pm会場 International Village 9

10月5日 12:00 pm 会場Fifth Avenue Cinema

10月11日 8:45 pm 会場International Village 10

詳細、チケットの購入はVIFF公式サイトをご覧ください。

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