『The Debut』(ジェシー・アイゼンバーグ監督)
私の役って何だろう―演じることの楽しさと危うさを描くブラックコメディ

『The Debut』(ジェシー・アイゼンバーグ監督)/Courtesy of TIFF
『The Debut』(ジェシー・アイゼンバーグ監督)
誰にも見られていない主婦が、舞台に立つー私の役って何だろう
あらすじ:
主人公のモナ・フリードマン(ジュリアン・ムーア)は、ニュージャージーで暮らす主婦。家庭のなかでも街のなかでも、どこか周囲から存在を見落とされているような女性だ。そんな彼女が足を踏み入れるのが、地元のコミュニティ・シアター。モナはそこでミュージカルのオーディションを受け、思いがけず小さな役で舞台に立つことになる。ところが、演出家ジェリー(ポール・ジアマッティ)の厳しい指導を受けるうちに、単に演技を楽しむだけではなく、役そのものにどんどん入り込んでいく。
「中年女性の自己発見 × コミュニティ・ミュージカル × ブラック・コメディ」、と思ったていたら、もっと奥が深かった。
最初は「主婦が新しいことを始めて、自分らしさを取り戻す物語」なのかなと思っていました。でも、観ているうちに印象はどんどん変わっていきます。演じることの楽しさだけでなく、ひとつのことに夢中になることの危うさ、社会の中の自分の役割りまで描いているのが面白いところです。
見どころは何といっても、ジュリアン・ムーアの演技!
最初のモナは、どこか自信がない普通の主婦。それが舞台に立つことで、これまで抑えてきたものを少しずつ解放して自分を出すようになっていく。その変化が本当に上手く描かれていて、「頑張って!」と応援したくなる一方で、「ちょっとやりすぎじゃない?」と心配にもなる。その微妙なところを、ジュリアン・ムーアが絶妙に演じています。
ポール・ジアマッティ演じる演出家もかなり強烈。厳しくてクセのある人物ですが、単なる嫌な人ではなく、演劇に対する強い情熱がこれでもかと感じられます。
自虐的?と思われる劇団の描き方も好きでした。出演者もスタッフもみんな真剣。でも、その真剣さが外から見ると少しおかしい。そんな小さな劇団ならではの愛おしい空気が、笑いにつながっています。

トロント国際映画祭(TIFF)の会場で配られた、劇中劇のPLAYBILL 。ブロードウェイに来てるみたいで嬉しかったです!
後半になるにつれて物語はかなり思いがけない方向へ進んでいくので、この独特の雰囲気は好みが分かれるかもしれません。でも、今まで自分の声を押し殺してきたモナを思うと、拍手したくなるシーンもたくさんあったので、個人的にはとても楽しめました。
『The Debut』は、「何か新しいことを始めれば人生が輝き出す」という単純なサクセスストーリーを予想していると、少し驚くかも知れません。でも、その予想外の方向へ進んでいくところこそ、この作品の面白さだと思います。この作品で、ジュリアン・ムーアは早くもオスカーへのノミネートが予想されているようですね。楽しみです。

トロント国際映画祭(TIFF)の上映には、ジェシー・アイゼンバーグ監督、ジュリアン・ムーアさん、ポール・ジアマッティさんも登場しました!

観たよ!は映画好きライターたちによる連載コラムです。話題のハリウッド大作からインディー作品、配信限定の映画まで。「これは良かった!」という作品から「イマイチかも…」という作品まで。個人的な視点も交えながら、どんどんレビューしていきます。



